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水戸地方裁判所 昭和37年(わ)314号 判決 1963年3月25日

被告人 鈴木由

明八・六・二二生 農業兼工員

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

押収に係る猟銃一挺(昭和三八年押第一〇号の一)は被告人から没収する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、かねてから免許を受けて猟銃による狩猟を楽しんでいたものであるが、昭和三十七年十二月二日狩猟に行つた帰途酒を飲み、同日午後五時四十分頃、久慈郡金砂郷村大字花房一、三六三番地阿久津子之松方前道路上に差懸つたとき、折柄前方より自転車に乗つて来かかつた堀江浩(当時三三年)を認めるや、平素から所謂酒癖の悪い性質であつたところから、悪戲気分になつて突然同人の面前に立ち塞がつて同人に向いその正面から猟銃(証第一号)を構えて突き付けながら「撃つぞ」と申し向けたが、これに対する同人の応待の態度が少しく面白くないと思い、同人を脅かしてやろうと考え、同人がこれを避けようとして右手を顔の辺りに挙げた際、同人の左脇を狙つて発砲し、因つて同人の右前腕部に散弾を命中させ、同人をしてこれに基き全治まで約三ヶ月間を要する右前腕貫通銃創の傷害を負わしめたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

罰条 刑法第二〇四条(懲役刑選択)

没収 刑法第一九条第一項第二号、第二項(主文掲記の物件は判示犯行の用に供した被告人所有の猟銃であつて、被告人以外の者に属しないこと明かである。)

訴訟費用負担 刑事訴訟法第一八一条第一項本文

(弁護人の本件犯行は被告人の過失に基くもの、又被告人の犯行当時の精神状態は刑法上心神耗弱の状況に在つたものである旨の主張に対する判断)

被告人の司法警察員及び検察官に対する供述調書並に証人渡辺もとに対する尋問調書及び渡辺敬の検察官に対する供述調書を綜合すると、被告人は本件発砲当時猟銃に実弾がこめられてあることを知り乍ら敢えて発砲したものであることが充分認められ、更に前記被告人の供述調書及び裁判官に対する勾留尋問調書並に堀江浩の司法警察員、検察官に対する各供述調書及び証人堀江浩に対する尋問調書によれば、判示事実摘示のとおり、被告人は被害者堀江浩の左脇を狙つて同人を脅かすために発砲したものであると認めるのが、最も本件事案の真相に合致するものと考えられる。蓋し、若し、被告人が当公廷において弁解する如く、全く周囲には人が居ないものと思い過つて発砲したものとすれば、被害者が余りにも被告人の近くに居た事実と矛盾するし、若し又検察官の第一次主張の如く、被害者の顔面に銃口を向けて発砲したものと認めるときは、当然殺意があつて発砲したものと考えるのが常識に合致するのであるが、本件証拠上では殺意をもつて発砲すべき程の動機原因があつたものとは到底認められないので、若し無動機の殺人であるとすれば、被告人の飲酒酩酊の程度は、医学上の所謂病的酩酊、少くとも刑法上の心神耗弱の程度に達していたものと考えるべき公算が強くなる訳であるが、当時被告人と応待してその酩酊の程度を目撃した被害者堀江浩、渡辺もと、渡辺敬、永田一、小薗時夫等の供述によれば、酩酊の程度が軽度のものに過ぎなかつたことは明らかであり、従つて泥酔の揚句、心神喪失乃至耗弱の状況に在つて何等原因動機もなく未知の通行人に対しその顔面を狙つて、猟銃を発砲したものとは到底考えられない。されば被害者の顔面を狙つて発砲したものとする検察官の第一次的主張も、弁護人の過失及び心神耗弱との主張も共に容れることはできない。そこで被告人の当時の酩酊の程度、発砲前後の言動等に徴して見ると、被告人の司法警察員に対する第一回供述調書を除く供述調書並に裁判官に対する勾留尋問調書に記載されているとおり、被告人が被害者の応待ぶりにいささか腹を立てて、同人を脅かすために同人の左脇を狙つて発砲した旨の自白が、最も本件の真相に合致する供述であると解される。然らば他人を脅かすためにその身体の真近である左脇を狙つて発砲することは、他人の身体に対し不法な攻撃を加えたものであつて、刑法第二〇八条の暴行の一種たること明らかであり、その発砲の結果実弾が他人の身体に命中して傷害を与えた以上、傷害発生に対する予見の有無に拘らず、その発砲と傷害発生との間には相当因果関係のあることは明らかであるから、判示の如き被告人の所為が刑法上傷害罪を構成するものであることは当然である(昭和二七年(あ)第六七一四号同二九年八月二〇日最高裁判決、同二四年(を)新第二六八四号同二五年六月一〇日東京高裁判決参照)、結局弁護人の主張はいづれも採用できない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 田上輝彦)

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